2002/09

北アルプス

槍穂高連峰縦走

8月も最終週となり、今年の夏山は全然駄目だったなあと思いながらも、
いつものように週末の天気を眺める今日この頃・・・
何となく天気はまあまあ良さそうだなあとは思うものの、
そうやって山の現場で騙され続けた今年の夏山。

今回も怪しいなあと思いつつ数日間、天気予報を眺めていたのですが、
やはり晴天マークが並んでいます。

う〜んもしやと思って、金曜の午後に会社から槍岳山荘に電話すると、
なんと予想外に台風の影響も無く毎日青空が広がっているという返事・・・

なに〜、これは神様が夏山最後のチャンスということで行けということか−などと
勝手に考え始め、急にその気になってしまったのでした。

ちょうど急ぐ仕事が無かったので、
夕方急遽月曜と火曜を休みにして当日早く帰って用意をしようと思ったのですが、
仕事仲間に突然、 『 飲みに行く? 』 と言われ、
あっけなく 『 行く! 』 と答えて、結局焼肉を食べに行ってしまったのでした。

まあ急いで帰って用意してバタバタ出かけるのも大変だし、
4連休のうち1日ぐらい朝ゆっくり寝る日もほしかったのでちょうど良かったのでした。

08/31 (土) 千葉 → 中央高速 → 松本 → 沢渡
09/01 (日) 沢渡 → 上高地 → 横尾 → 槍沢 → 槍ヶ岳 → 槍岳山荘泊
09/02 (月) 槍岳山荘 → 南岳 → 大切戸 → 北穂高岳 → 涸沢岳 → 穂高岳山荘泊
09/03 (火) 穂高岳山荘 → 奥穂高岳 → 前穂高岳 → 岳沢 → 上高地 → 沢渡 → 千葉

08月 31日 (土)     天気は忘れた

翌日ゆっくり過ごし、予定より少し遅れて19時20分頃に無事出発したのでした。
京葉道路に乗ったとたんに渋滞に捕まってしまい、
すぐに頭の中で沢渡に着くのは何時になるんだろうと不安が過ぎりました。

しかしまあまあいつもの渋滞程度で済み、中央高速に入ってからはガンガン走ることができ、
沢渡には日付けが変わるまえに到着出来ました。

09月 01日 (日)     快晴

朝、目を覚まして時計を見ると4時40分で、朝一番のバスに乗れるかもと
珍しくテキパキ用意をして、次にやって来たバスに乗ることが出来ました。
( たぶんあれは最初のバスだと思うんですけど・・・ )

しばらく上高地での清々しい光景にご無沙汰だったので、
バスの窓から綺麗な姿の穂高連峰が目に入った時はちょっと不思議な気分でした。

BTで準備を済ませて5時40分に歩き始めたのですが、
まだアルプス街道には陽が射してなく露出していた腕は鳥肌の嵐です。( 涼 )
時間が早いせいか歩いている人はまだ殆どいなくて、とても静かな上高地でした。

今回は具合が悪い事も無く、快調にどんどん進んで行きます。
明神で停まらずに徳沢まで行ったのですが、予想よりずっと早く、
1時間8分で着いてしまいました。 ( ちょっとびっくり・・・ )

徳沢でちょっと朝食を済ませ、7時頃にまた歩き出しました。
横尾も素通りして槍沢ロッジまで行く予定でしたが、
雲ひとつない青空のもとに前穂高岳が綺麗だったので、
横尾で写真だけ撮ってすぐ槍沢に向かいました。

横尾までは早かったのですが、横尾を過ぎてからは
少し山道らしくなってくるので、普通のペースになってしまいました。

陽が射すようになってきましたが、まだ樹林帯の中なので、
そんなに暑いこともなく歩いて行けました。

槍沢ロッジに着いて少し休んでから、
傍にいたおっさんに
記念写真を撮ってもらっていたら、
『 さんぼ−さんじゃないですか 』 という声が・・・

見ると、昨年11月の丹沢OFFでいっしょだった、
YAMAcatさんでした。

話を聞くと、合戦尾根から大天井経由、貧乏沢から北鎌尾根を通って槍ヶ岳、
そして上高地へ下山するところだそうでした。

そしてテント泊だそうなのに、
何故か小屋泊の私とザックの大きさが殆ど同じだったのです・・・ ( なんで? )
折角だったので、記念写真だけいっしょに撮ってから別れました。

ロッジを出発してしばらくしてからキャンプ場を過ぎると、
目の前が開けてきて正面に東鎌尾根が見えるのですが、
上空には雲ひとつない濃いまるで秋晴れのような青空が広がっていました。

大曲りまではたいした勾配も無く順調に進んで行きますが、
大曲りの左カーブを過ぎたあたりから徐々に登りの傾斜が増してきて、
そのうちとうとう、ペースが非常にゆっくりしたものになってしまいました。

しばらく槍は見えないということは知っていましたが、
氷河公園への分岐がなかなか見えてこなくて、ちょっと疲れていました。

快晴の為、延々と直射日光に当たっていて非常に暑かったことと、
少しお腹が減っていたことも手伝って、ペースはかなりゆったりめ・・・

そのうちようやく分岐点まで来ましたが、
休憩するほどのスペースが無かったので、
もう少し先で昼食を摂りました。

休んでいる間、当然周りを見渡すのですが、
見れば見るほどなんでこんなに快晴で
雲が全くないのだろうと、とても不思議でした。

そういえばさとやまさんは、この前同じコースを来る予定だったのに、
天候が悪くて天狗原の方に行かれたんだったっけかな、などと思い出していましたが、
誠に申し訳無いぐらいの濃い青空なんですねぇ・・・

しばらく登って行くのですがなかなか槍の姿が現れず、
一体いつになったら見えるんだあ?  と、そればっかりが頭に浮かびます。

実はちょっと勘違いをしていて、天狗池からの槍の姿を頭に浮かべていたので、
見えてからもかなり先が長いと思い込んでいたのでした。

地図では、分岐から槍の肩まで2時間40分と
なっていた為、分岐を出たのが12時前
だったから、休憩等を考慮して山荘に着くのは
15時頃かなあなどと考えていましたが、
しばらく登って左へ曲がった頃、急に目の前に
大槍がその姿を大きく現したのでした。

お〜〜〜、でか−い!!

天狗池からの小さい槍の姿をイメージしていたので、
この近くに大槍が見えた時は 結構元気になってしまいました。

殺生ヒュッテまで地図では2時間だったのですが、
ゆっくり登って来ても1時間20分程で殺生ヒュッテ分岐点に着いてしまいました。

お陰様で最後の登りはちときつかったですが、
予定より早く14時ちょうどに山荘へ到着出来ました。

しばらくはゲッソリとテラスで休んでいましたが、ガスが沸かないうちにと、
さっさと穂先に登ることにして、15分もしないうちに穂先に向かいました。

9月に入っており土曜日でもなかったせいか、槍の頂上はそう混雑してはいません。
前回来た時はガスに巻かれて何も見えなかったのですが、
今日は午後だというのにガスも全く発生せず、本物の360度の大パノラマでした。

             槍ヶ岳山頂からの大パノラマ


     笠ヶ岳・槍岳山荘               西鎌尾根


       裏銀座方面                北鎌尾根


        東鎌尾根             穂高連峰への主稜線


黒部五郎岳 ・双六岳 ・三俣蓮華岳     薬師岳・鷲羽岳・水晶岳


     野口五郎岳・立山         針ノ木岳・蓮華岳・後立山連峰


       燕岳・餓鬼岳                 常念岳

景色を眺めたり写真を撮ったりしながら、50分程頂上でゆっくりした後、
山荘へ降りてビールを飲み、16時頃になってチェックインを済ませ、
夕食まで談話室で雑誌等を眺めたりしてゆっくりしました。

槍岳山荘は表玄関付近が改築されて今年オープンしたばかりだったので、
受け付けやこの談話室も綺麗で、新しい畳はとても気持ち良かったですね。

夕食の後、まだ夕暮れには陽が高かったので談話室でゆっくりしていたら眠くなってしまい、
しばらく横になってウトウトしていたら、いつの間にか陽が沈んでいました。

まだ西の空はオレンジ色で、
急いでカメラを持って外に出ましたが、
少し遅かった状態でした。

談話室で19時前の天気予報を見て、
明日も良い天気ということを確認した後、今日は終了となりました。

09月 02日 (月)     快晴

翌朝夜明けが近くなると、周囲も俄かに騒がしくなってきます。

日の出は5時15分頃なので、30分程前に布団から出て支度をし、
外に出ると、東の空は綺麗なオレンジ色に染まろうとしていました。

空には雲の姿は無く、遠くの山々まで見えていて、今日も快晴の1日が期待出来そうです。
常念山脈の向こうには穂高や松本の街並みがよく見えました。


         日の出               富士山、南アルプス

日の出の写真を撮り、朝食を済ませて、6時20分頃に山荘を出発し、
いよいよ初めての槍穂高主稜線に向かいます。

完全に朝なのですが、
極端な露出不足で
不思議な感じです。


  奥から 槍ヶ岳・大喰岳・中岳            南岳


    穂高連峰と南岳の小屋           大切戸の稜線

小屋のすぐ上の獅子鼻でこれから向かう大切戸の写真を撮ると、大切戸へと進みました。

しばらく行くと南岳からの急な降りが突然現れ、『 え−っ、こんなとこ降りるんかよ− 』 と、
降りは慎重になってしまい時間がかかる私は、一人でブツブツ言い始めました。

『 鎖ぐらいないの・・・? 』

登りなら構わなかったのですが、
降りにしてはちょっと傾斜がきついよなあと思います。

しばらくして長い梯子を下ると、
鞍部のゆっくりした感じの道になるのですが、
足元はガラガラの歩きにくいガレ場が続きます。

何度も振り返って
先ほど降りて来た急な降り斜面を眺めます。
( 斜面というより岩降りだろ! )

しかしこれを登るのもなかなか辛いよな−などと考えながら、
しばらくは小刻みなアップダウンを繰り返しながら進みます。

進みながら信州側の方を見ると、屏風岩の下に涸沢へ向かう本谷橋付近の道が見えました。

もしここでなんかあったら、ここをずっと降りて行けば涸沢のコースに出られるのかな、
などと考えながら歩いて行くと、そのうちピークらしき場所に出て、
正面の荒々しい岩山の上に北穂の小屋がだいぶ見えるようになりました。

こうして見るとそう遠いようには見えないのですが、
そこそこのコースタイムが書いてあるということは、やはり難路だということなんでしょう。

ピークを降り始めると、どう見ても両サイドがスッパリ切れ落ちていて、
ここで落ちたら終わるだろうなぁ・・・  という感じですね。

太い鎖が張ってある箇所もありましたが、その手前の急な降りの所では、
『 オイオイ、ここはどうやって降りんのよ? 』 と、思わずその辺の岩に聞いてしまいました。

しばらく考えていましたが、停まっていても仕方がないので、開き直って
なんとか降りることができ、相変わらずブツブツ言ってしまいます。

実は昨日も今日も雲一つない快晴の青空が続いているので、
槍岳山荘で日焼け止めを塗ろうとしたのですが、忘れて来てしまっていた為に、
かなり日焼けが進んでしまって、少し辛くなり始めていたのです。

ここの悪場を過ぎるとまた鞍部となり、
岩にペンキでA沢のコルと書いてあったので、休憩することにしました。

少し腹も減っていたので、ザックを降ろしてパンなどを食べることにしたのですが、
どうも相性が良くないらしく、なかなか喉を通ってくれませんでした。

大切戸に入る前に
地図で詳細を確認していなかったので
ここで地図を眺めると、
さっきの悪場のピークが
『 長谷川ピーク 』 だったことが分かりました。

左側が長谷川ピーク、右奥が南岳

しかしあれがもしかして飛騨泣きなのかなと思っていた私には、
まだこの先に飛騨泣きが待っているのかと思うとちょっと疲れました。

A沢のコルの手前で、北穂に向かって登り返している人たちが
ちょっと落石を起こしていたのを見ていたので、
休憩中に追い越された時には、もう少し待とうかななどと考え込んでしまいました。

しばらく間を空けてから、いよいよ北穂に向かって急傾斜の岩登りが始まりました。
登りながら、ここで落石起こされたら真面目に ヤバイな・・・と思ってしまいます。

あまりにも傾斜が急なので、しばらく登るだけであっという間に高度が上がっていき、
振り返って下を見ると、先ほどのA沢のコルが随分下の方に小さくなっていて、
いつの間にか長谷川ピークよりも自分の方が高所に来ていました。

これからが飛騨泣き

飛騨泣きを振り返る

険しい北穂への登り

そして足場の悪い飛騨泣きを何とか通過し、
ナイフエッジの鎖場をようやく通過すると、
危険な所はだいたい無くなり、後は北穂の山頂目指して
ガラガラの岩場をどんどん登るだけでした。

右手側にはあの 『 鳥も通わぬ滝谷 』 が
日陰ながら切り立った絶壁の姿を見せていました。

たま〜にちょっと危なそうな箇所もありますが、
まあ問題なくひらすら登って行くと、
だんだん北穂の小屋が近づいてきます。

ゆっくりゆっくり脚を上げていき、12時前にようやく小屋に到着しました。

とりあえず小屋の前のテラスの方へ行くと、
A沢のコルで追い越された二人組みの兄ちゃんたちが既に寛いでいました。
それにしてもこの兄ちゃんたちは速かったですねえ−

北の方を振り返ると、今朝出発してきた槍ヶ岳が綺麗な青空のもとに姿を見せてくれています。

ここで何か昼食を食べようかとも思いましたが、
これといったものが無かったので、とりあえず北穂の山頂に上がってみました。

前に来た時は
周囲の山々は見えているものの、
空が曇り空で白かったのですが、
今回はバッチリ綺麗な青空で
360度全て見渡せました。

北穂高岳山頂  3106 m

しばらく寛いで写真を撮ってからテラスに戻り、用意をして、
12時半過ぎに北穂を後にして穂高岳山荘に向かいました。

今回登山計画書には、北穂の小屋に泊まってから横尾経由で上高地へ戻ると書いてましたが、
調子が良ければ穂高岳山荘まで行き、前穂経由で上高地に降りるとも書いていました。
そしてこの夏初めて、とうとう計画書以上の行動に移り始めたのでした。

北穂の山頂を後にして分岐まで降り始めると、
眼下にはちょっと懐かしい涸沢のテント場とヒュッテが見えてます。

今年の夏は何かと涸沢にはやられました。   体調不良で到達出来なかったり、
天気に恵まれずに穂高に上がれなくて、そのまま涸沢から下ったりとか・・・

しかしそれよりもちょっと嬉しかったのは、
ずっと槍ヶ岳のエリアの風景ばかり見ていたのが、とうとう穂高のエリアに
到達したのだという事を実感させてくれるのが、涸沢の姿だったんですね〜

そしていよいよ今日ラストの区間に入り、涸沢岳へ向かいます。
これで何が何でも穂高岳山荘まで到達しなくてはならなくなり、
期待と不安がちょっとづつ混じった妙な気分でした。


    ドームの登り       涸沢岳への登り

急登をしばらく登ると前方にまずはドームが見えてきます。

ガレ場を降り、しばらくしてまた壁のような岩場を登ってドームの横を通過します。
長い鎖場を何とか降りると、しばらくは小さなアップダウンを繰り返して進みます。

それにしても何とも歩きにくい岩稜帯なんですよね−

右側の飛騨側は足元からスッパリ切れ落ちてなかなかの高度感があり、
滝谷の下の先には小さく槍平小屋が見えています。

涸沢側に出て毎度の如く襟首の日焼けの痛さを紛らわしながら進んで行くと、
いよいよ正面にドカ−ンと涸沢岳が大きく見えてきます。

感じとしては大切戸の北穂の登りと殆ど変わらないのですが、北穂の時と違って
涸沢岳の山頂がえらく遠いような気がしていたのは、やはり今日は疲れていたのでしょう・・・

涸沢槍付近の梯子や鎖場を進んで、ようやく涸沢岳への最後の登りにかかるのですが、
本当になかなか山頂が近づいて来なくて結構苦しかったです。

そろそろ涸沢岳の山頂かなという頃には、稜線にはガスがかかり始めていました。
すると突然道が緩くなり、間もなく山頂に到着しました。

涸沢岳山頂 ( 3110 m ) より
前穂高岳・奥穂高岳・穂高岳山荘

そこの看板は全然山頂らしきものでは
ありませんでしたが、
すぐ下にはとうとう念願の
穂高岳山荘が見えていました。

時間は15時ちょっと前でしたが、後は降りで20分ぐらいなので、
ゆっくり休むことにしてしばらくボケーっと座り込んでいました。

新穂高温泉の方からガスがもくもくと湧き上がっていて奥穂高岳付近から西側は
殆ど何も見えず、後ろを振り返ってもやはり北穂への稜線から西側は真っ白でした。

信州側の方は全然ガスがなくて綺麗な景色です。

そのうち少しづつガスが引き始めましたが、
15時半を過ぎたので、良い加減に山荘へ降りてビールを飲むことにしました。

受け付けを済ませて部屋に荷物を置いてから山荘前の広場で
眼下の涸沢や常念山脈を眺めつつ、ビールを頂きました。

16時頃には稜線にかかっていたガスも取れて、涸沢岳も綺麗に見えるように
なっていましたが、 また登る元気など全くありませんでした。

笠ヶ岳の左側に陽が沈む。

夕食後に外で日の入りの写真を撮った後、
ロビーで天気予報を見ると、
またしても明日も晴天ということで
本来なら大変嬉しいところなのですが、
良い加減に日焼けをし過ぎて肌が痛く、
ちょっと複雑な気分でした。

天気予報の後はそのまま30分程、ここの山荘が出来た頃や最近の空撮の映像を
DVDで放映していたので、どうせまだ眠れないしとそのまま鑑賞していました。

こうしてこの日は20時頃お休みモードになりました。

09月 03日 (火)     晴れ

この日の夜はあまり時計を見ることも少なくて、
23時頃と1時過ぎ頃、その次はもう4時頃でした。

この時間になってしまえば、もうあと40分ぐらいで支度を始めることになるので、
眠れないことを悩む必要も無くて楽でした。

日の出にはまだ程遠い時間ですが、
既に窓の外はうっすらとオレンジ色になり始めているのが分かります。

そのうちだんだん周りも行動を始める人が増えてきてざわついてきたので、
カメラの準備をして外に出ました。


         常念岳                  蝶ヶ岳

常念山脈方面の東側の空はオレンジから深い群青色へと
綺麗なグラデーションを描き出していました。

いよいよ日の出が近くなってくるともう遠くの方まで見えるようになってきますが、
今朝は昨日の朝と違って東の方角はずっと遠くまで雲海が広がっていたのです。

山荘の前からは富士山と南アルプスは見えませんが、
八ヶ岳は完全に雲海の中から上の方だけが出ている状態でした。
また埼玉県、群馬県、新潟県の方までも、遥か彼方まで雲海で埋めつくされていました。


       八ヶ岳連峰            右奥にはうっすらと白山

朝食の後、部屋に戻る途中にふと西側の窓の外に目をやると、笠ヶ岳の方は
手前の新穂高温泉にも雲海が出来ており、急いで外に出て西側の写真を撮りました。

しかし山荘で出発の準備等を済ませて、
出発する6時半頃には西側の雲海も随分と遠くにまで後退していました。

見上げるとすっかり空の色も青々とした色になっていて、
またしても本日快晴!と言わんばかりの雲一つ無い素晴らしい青空が広がっています。

ここからのコースはいきなり最初が急登なので、
朝食摂ったばかりでもあるし、ゆっくりゆっくりと登って行きました。

30分程進んだ辺りで、やたらと苦しそうなおじさんが
お姉さんに付き添われて登っているのを追い越しました。

大丈夫かなと気になって何度か後ろを振り返りましたが、
すぐに姿は見えなくなってしまいました。
( あのおじさんの今日のスケジュールは一体どんな内容だったんだろう・・・ )

昨日のコース内容からすれば、今日のコースは随分楽になったもので、
難なく奥穂高岳の山頂に着くと、そこにはまたしても360度の大パノラマが待っていました。


  手前から焼岳・乗鞍岳・御嶽       明神岳・小嵩沢山・鉢盛山

ここも北穂と同じで前回来た時は景色は望めたものの、曇り空でやたらと風が強くて、
挙句の果てには涸沢に降りる途中で小雪が舞うような天気だったのですが、
今回は青空が広がり気温も暖かく、もうこれ以上ないという程の恵まれた天候となりました。

南側は焼岳、乗鞍岳、御嶽、そしてその向こうまで見えており、
北側は遠くに鹿島槍ガ岳、白馬岳が見えています。

奥穂高岳山頂  3190 m

他の人たちよりやや遅めに山荘を出たせいか、
山頂はそう混んでいるという程の
人数ではありませんでした。

槍ヶ岳・裏銀座方面

一人でゆっくりと心ゆくまで写真を撮ったり
出来るのは非常に有り難いのですが、
なんか勿体なく、また誰かと一緒だと
喜びを分かち合えて
良いんだろうなあなどと感じたりもしました。

あちらこちらと写真を撮ったりぼ−っとしたりして、
7時半過ぎ頃、いよいよ今回の山行最後のピーク、前穂高岳へと向かいました。


    前穂高岳への吊り尾根        西穂高岳・赤岩岳・間ノ岳

吊り尾根を降り始めてしばらく行くと、
だんだん前方に人が多くなってきたので何だろうと思っていると、
どうやら鎖場等に慣れていないおばさんたちが渋滞を引き起こしているようでした。

私も本山行でここに来て初めて渋滞の為に数分待たされました。

そのおばさんたちは最後にはとうとう上の方で待たされている人から、
しばらく避けて後続の人たちを先に行かせるように説教されていました。

それにしても本人たちは必死なのかもしれませんが、
自分たちの行動が他人に迷惑をかけていないかどうかの
判断ぐらいは出来るようになってから、こういう所に来てほしいものですけどね・・・

吊り尾根もまあアップダウンはありますが、昨日の今日なのでそう疲れることも無く、
また道の状態もたいしたことはないので、わりと普通に進んで行けました。

右側にはようやく陽が当たり始めた上高地が見えています。

予定時間より少し早いぐらいに紀美子平に着くと、
少し休んでからザックを置いて、前穂の山頂へ登り始めました。

空身に近い状態の割には急傾斜なので、
思った程楽というわけでもありませんでしたが、
無事山頂に到着すると、そこには広くて
殆ど人のいない山頂が広がっていました。

前穂の山頂って結構広いんですねえ〜

前穂高岳山頂  3090 m

周囲の写真を撮っていると、北側の方からヘルメットを被った人たちがやって来ました。
おそらく涸沢から前穂北尾根を登って来たんでしょうねぇ。

近くのおっちゃんに槍と穂高、両方の記念写真を撮ってもらい、
しばらくしてから紀美子平に降りました。


       槍穂高主稜線                 涸沢

途中ちょっと難儀しているお兄さんがいて、
この傾斜の岩場で無理やりポールを使っているという様子だったので、
急傾斜の岩場はポールを使わずに両手で岩をホールドした方が良いのではと話したら、
妙に低姿勢で有り難がられてしまいました。    初級者の方だったようです。

紀美子平に着いてから
ちゃんと降りて来ているかなと
見上げましたが、姿は見えませんでした。

紀美子平

そしてここからは、いよいよ最終ゴールの
上高地に向かってひたすら降りるだけです。

これでようやく穂高の4つのピークもクリアしたし、
あとは岳沢経由のルートを上高地までつなぐだけです。

しかし重太郎新道の降りは勾配がきつく、さすが北アルプス随一の急勾配ですね。
オイオイって言いたくなるような急坂が随分出てきました。
しかしこの間にも途中でここを登って来る人がいるのが凄いなあと思いました。

急勾配の重太郎新道

そういえば昨日、
穂高岳山荘で夕暮れの写真を撮っている時に
奥穂の方から降りて来る人たちがいたので、
ちょっと話したら、テント担いで
上高地から前穂経由で来たそうでした。

そういえばやまさんも、確かテント担いで
上高地から前穂経由で穂高岳山荘まで歩いたんですよね−
う〜ん凄いですねえ・・・  私には出来ません。

それにしても降りの激しさと暑さと首の後ろの痛さが合わさって、
さすがにちょっといらだち始めていました。
思わず、ペットボトルに八つ当たりを始めていましたよ。
( いかんいかん・・・  がしかし、ちょっと疲れていたんだよぉ〜 )

紀美子平を出て1時間40分程でようやく岳沢ヒュッテに到着しました。
しかし空いているテーブルが日向だったので、これまたえらい暑さでした。

時間の方がちょうど12時前だったので、ここでラーメンを食べることにして
しばらくゆっくりしました。     しかしそれにしても暑いの一言です!

岳沢ヒュッテは、 2006 年の豪雪雪崩により
建物が全壊して廃業となったそうですが、
2010 年 7 月 23 日から、
岳沢小屋の名称で営業が再開されています。

当時の岳沢ヒュッテ

生ビールもちょっと美味そうでしたが、なんせ帰りが車なもんで当然却下して
12時半頃、本当の全行程のゴールの上高地へ向かって降り始めました。

しかしこのコース、石がゴツゴツしていてなかなか歩き難いんですねえ〜
おまけにこれでようやっと樹林帯に入って暑さを凌げるのかと思っていたら、
全然日向じゃないですかあああ!!!

まあしかし重太郎新道の後なので、
急傾斜がなくなっただけでも、随分マシになったものです。

そのうち少しづつ樹林帯になってきて待望の日陰が増えてきました。
( ほんと嬉しいです ) そのうち左側に天然クーラーの風穴がありました。

ここは樹林帯の地面の穴から冷たい自然の風が吹き出ているということでしたが、
最初は風を感じませんでした。
しかし座り込むと確かに冷たい風が出ていました。( でもちょっと弱かったねえ− )

そこから更に降りて行くと、周囲の緑も増してきてなお且つ、笹の葉も見え始めてきたので、
岳沢登山口を期待したのですが、これが意外となかなか長くてちょっと予想外でした。

しかし待望の岳沢登山口が
ついに姿を見せて、14時少し前に
ようやく上高地の遊歩道に出ました。

岳沢登山口

いや−長かったなあという疲れと、
やっと終わったあという安堵感が両方入り乱れた何ともいえない気分でした。

ここから河童橋までの遊歩道が、まあ楽なこと楽なこと!
何も考えずに歩けるというのがこんなに楽なのだというのを、
こんなに実感したのは初めてのような気がします。

20分程でしょうか、歩くとついに河童橋に到着し、振り返ると自分が歩いて来た
穂高の姿が聳えていますが、この時間は稜線付近にちょっとガスがかかっています。

眺めていると本当にあの山の遙か向こうから歩いて来たんだろうかと、
ちょっと信じられない不思議な気分になっていました。
梓川は随分水量も減って、川幅の半分ぐらいしか水は流れていませんでした。

観光客の間を抜けてバスターミナルへ向かい、
しばらくすると沢渡行きのバスに乗ることが出来ました。

沢渡で自分の車に乗り換えて、いつも立ち寄る温泉に行って風呂に入ると
何とも言えな良いい気分で幸せいっぱいですね〜

やはり炎天下の山歩きを3日間やった後の湯船は幸せそのものなんですよね・・・
しかし日焼けで腕が焦げていたので、熱い方の内湯には腕を浸けてはいられませんでした。

帰りは松本 IC まで行かずに、ちょっと冒険で新島々を過ぎてから
しばらく行った付近で右の方へ入り、裏道を通ってICを一つぐらい
節約してみようと思って地図も見ないで勘で走っていたら、
いつの間にか2つ分も南下してしまい、塩尻 IC から中央高速に乗りました。

帰りの中央道は平日なので当然空いていたのですが、
いつものように首都高速で渋滞に捕まってしまいました。
しかしそれでも20時半頃までには、千葉に帰り着くことが出来ました。

夜ちょっと酒を飲んだら寝る時間は少し遅くなりましたが、
自分の布団で安心したせいか、その夜はかなり爆睡することが出来ました。

翌日写真を取りに行ったら出来があまり良くなくてちょっとガッカリしてしまいました。

最近はズボラして三脚をあまり使わないので、その分手ぶれ写真が多くなっていたのですが、
今回はあまりにも天気が良すぎた為に、ISO100をたくさん使ったことが
更に拍車をかけてしまっていたようです。   ( あ−ちょっと残念! )

しかし今年の夏山は、ずっと体調や天候に恵まれなかったのですが、
最後の最後で信じられないような素晴らしい快晴の日々に恵まれて、
とても良い山歩きが出来ました。

おまけに6回目にしてようやく計画以上の歩きが出来、なお且つそれがボリュ−ムの大きい
槍穂高縦走だったというのがとても恵まれた結果だったと思います。

しばらくは山歩きはもいいという感じですが、今月末頃にはどうやら紅葉の見頃が
やってくるらしいので、その時にはきちんと良い写真が撮れると良いなあと思います。

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